グリーン・デイがついに4年ぶりの新作をリリース! バンド史上最高傑作との呼び声も高い本作は、今のアメリカをパンク・キッズの視点で捉え、世界へ向けた彼らのメッセージを凝縮させた「最も誇りに思えるアルバム」(ビリー・ジョー)。アルバム全編を通してひとつのストーリーが展開されたり、組曲を収録したりと今までにないコンセプトにも注目したい。日本盤にはボ−ナス・トラック収録(予定)。


雑誌でGreen Day流”パンクオペラ”と評されていたのが気になって、聴いてみた。

最初に聴いた印象でいうと、メディアで騒がれているほどの変化を僕は感じる事ができなかった。もし、何の前情報もなしで聴かされても、ほとんどの人はこのアルバムがGreen Dayの作品だと気づくだろう。
GreenDayを含めたUSパンクロック勢やLinkinParkに代表されるUSニューメタル勢を聴くのをずっと避けてきた。嫌いなわけじゃない。確かに、彼らが作るメロディは聴きやすく、わかりやすい叙情性と開放感にあふれていて、誰もが入り込みやすいように作られていると思う。
聴いていて元気づけられるような気がする。だけど、そこに引っかかってしまう。おそらく、音楽に限らず、小説、映画、マンガなどには、ある一定の大衆の求めるフォーマットというものが存在していて、それに当てはめれば、キャッチーなものを作るのは簡単だと思う。

そういう法則のようなものを感覚や知識としてある程度知っていれば、いくらでもヒットソングを作ることが出来るだろう。
だから、”作曲家”という仕事が成り立っているのではないだろうか。

例外もあるが、アーティストと呼ばれるほとんどの人は、なんらかの方法でそこを避けようとしていると思う。詞にこだわったり、音にこだわったりして、そういうフォーマットに100%は合致しない、いい曲を作ろうと頑張っていると思う。たぶん、その努力をやめた時点で、その行為が”表現”ではなく、ただ金を稼ぐための”仕事”になってしまうからだ。フォーマットに当てはめて楽曲を作るのと、デパートの地下やスーパーの店先でたこ焼きやたい焼きを焼くのは、さほど変わらないように思う。
(注意、たこ焼きやたい焼きを焼く人を馬鹿にしてるわけではないです。あれ、おいしいよね。)

行為自体に面白みがあるとは思えない。面白みがあるとすれば、お客さんに喜んでもらえた時や、稼いだお金を使う時ぐらいじゃないだろうか。あ、いつもよりキレイにたこ焼きが焼けた時も嬉しいかもしれない。

USパンクロック勢やUSニューメタル勢が努力してないと言いたいわけじゃない、むしろ彼らは大衆性を獲得することと独自性・革新性との折り合いや両立について一番考えているんじゃないだろうか。

ただ、たまに見かけるパンクスの、何の疑いもなくそれが一番カッコいいと思ってる輩のパンク至上主義には、”我慢ならねーぜコンチクショー!”大賞を贈呈したくなる。

居酒屋で、作曲について語りつつ、自分のすごさをアピールしながら”No Punk No Life”とか言ってる医学部の学生(←以前、友達が見かけたパンクス)とかは、アロンアルファで洋風便器と自分のケツを固定して、一生便所に篭っていてほしいです。

とにかく、そんなこんなで戻ってこのアルバム。
すごく好きです。
そういう大衆性とか独自性とかのバランス云々、もーどうでもいいです。
僕も、医学部にいるパンクス君と友達になりたいと思いました。
いや、嘘です。一生便器もいやです。

とくにパンクオペラ2曲と11曲目。

11曲目、夕暮れで聴いててかるく泣きそうになりました。
まだ9月の中盤だけど...

追記
Velvet Teen来日決定!そんでもってチケット予約してきた。
だはは、やっべーよ!たのしみだー!

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